なんとなく実行委員長⑫上
板倉さんに会いに行く 松川靖
板倉先生という存在は、私にとっては、近いようで遠い・・・やっぱり遠い存在です。
板倉さんは、授業書を仲介として科学と私を取り持ってくれたわけですから、そういう意味ではいつも近くにいる存在です。でも、板倉さん個人をそんなに身近に感じたことはありません。何せ、板倉さんとの話題がないですから。
大会などで、板倉さんを囲んで楽しそうに会話している人たちを見ると、「何を話しているのかなあ、うらやましいなあ」と思うときもあります。でも、そのそばに行って話を聞いても、実はあまり内容が分かりません。
私が、積極的に板倉さんに話かけたのは、唐津の大会(2005年)のときです。《電流と磁石》に関わって、岩波映画の実験の仕方と授業書の違いを聞いたときです。そのときは「映画には、ウソがあるからねー」と明快に答えてくれました。
天橋立大会では、来年の夏の大会が岩手に決まった時、板倉さんが売り場に来てくれました。そして、第2回の盛岡大会のときのことや,そのとき実行委員長をされた小原先生の思い出を話してくれました。「小原さんは、とっても優秀な方でした。でもね、彼の論文を一つ載せなかったんだよね。それが心残りなんだよ」と話す板倉さんに優しさを感じました。これもジッコウイインチョウの役得だよなあ~とは思ったものの、なかなか近寄り難い存在であることに変わりはありません。
* * *
12月に学校の出張で相模原に行くことになりました。本当は日帰り出張だったのですが、何か有効に使いたいなあと思ったとき「そうだ!5月の会に板倉先生に来てもらえるよう、直接会ってお願いしよう」と思いました。5月の会については、夏の大会のときに、ちょっとお話はしていたのですが、実際に0Kを頂いていたわけではありません。電話でお願いするのもかなり緊張するし、ここは11月の「入門・再入門講座」の感想をおみやげ持って行けば、「少しは会話がつながるんじゃないか」と思ったのです。
これまでにも仮説社に行ったことはあるのですが、誰と会話するでもなく、ただ品物を買うだけだったのですが、板倉さんに会うという目的があるとわくわく感がちがいます。
10時頃高田馬場につき仮説社に向かいました。板倉さんに会うために仮説社に向かっている自分がいることに幸せを感じました。
仮説社で待つこと1時間半。板倉さんがいらっしゃいました。お疲れな感じでなきゃいいなあと思っていたら、かなり顔色もよく元気そうです。
まず「仮説実験授業入門・再入門講座」についてお話しました。初めての人にもたくさん来て頂いて、感動的な感想をもらったこと、宮城の方も多かったことなどを話ました。もちろん感想文も渡しました。秋田や福島などの東北の状況にも詳しくて、秋田は高校の先生が多いし、福島は、首都圏に近いから、東京の方に来るだろうというお話もされていました。
* * *
「お元気そうですね」
と言うと
「『たのしい授業』の1月号の原稿がうまくあがったからねえ。ごきげんなんだよ」
と笑顔でした。そして1月号に載せる原稿についてお話して下さいました。
「1月号の原稿は<教師の熟練>という内容で、ほとんど犬塚さんのことです。あの人はねえ、高校に行って授業がうまくなったんだよね」
と、言いながらもうれしそうに笑っています。
そして
「中学校とか、高校で授業をすると1クラス目は、慣れなくて、だんだん慣れてくるんだね。そして、5クラスくらいになると今度はあきてきちゃうんだね」
「でも、犬塚さんは、真剣だよ。そのときだけだから。」
「教師も観客によって変わるんだよ」
というようなことを話されていました。(ノーミソテープなので、あてになりません。詳しくは『たのしい授業』1月号をご覧下さい。)
私も、今回受けた《不思議な石・石灰石》のすばらしさについて話しました。
《石灰石》の授業の話の中で私が
「でも、塩酸をなめるのはどうなんですか?」
と聞くと、板倉先生は、とてもまじめに、
「昔の科学者なんてみんなそうやっていたんだよ。ガリレオだって、望遠鏡で直接太陽を見ていたに違いない。少しだから大丈夫だったんでね。毒だって少しだったら、大丈夫なんだよね」
と話していました。
犬塚さんが授業の中で塩酸をなめているのは、パフォーマンスなのかな? なんて思っていましたが、科学史にも則っているんだなあなどと思いました。あれ自体が「化学入門になっているんだ」と思ったわけです。
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