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2008年10月

2008年10月31日 (金)

なんとなく実行委員長 NO.7

      クールダウン                     松川 靖

  ホント,学校が始まってしまうと,授業のことや行事や子どものこと,その他なんやかんやで忙しくなりますね。夏休みには,ノーミソの80%が“全国大会”って感じでしたが,学校が始まってしまえば,そうはいきません。“全国大会”が頭に占める割合も下がってきました。
 そして,正直,疲れもあります。夏休み後も11月の会の要項を作り,『東北の風』を作り,発送しと,ドーパミンがドバーっと出ている状態だったのですが,さすがに発送を終えて意識が学校の方に向いた途端,急に体の疲労を感じてしまいました。体は疲労しているのに,ノーミソは,興奮状態だったのでしょう。
 疲れてるなと思いつつも,元気づけのジョギングをしたり山へ行ったりしたのですが,その後も体力が回復せず「ああ,これは体が疲れてるな」ってことがやっと分かりました。
 クールダウンっていう言葉がありますが,やっぱり必要なんですね。今までは,クールダウンするほど動いていなかった,(というより,いつもクールダウンの状態だったので,その必要はなかった)のですが,さすがに,興奮状態を続けていると脳は体の疲れを知らずに突っ走ってしまうのでしょう。
 そう言えば,6月に岩手山に登った次の日,疲れていないような気がしてジョギングをしたことがありますが,そのときは,さすがにグダ~っていう1週間をすごしました。体の疲れがドーパミンでだまされているのででしょう。そういうときには意識してクールダウンしなければならないんだといことです。

 それにしても,松平さんには,クールダウンっていう言葉がいらないんじゃないかなとおもうぐらいすごいです。
 11月の会のカラーのパンフレットやら,それを全県に配るための住所の打ち出しやら,着々と進めています。うーん。すばらしい。“なんとなく”ではない事務局長のすごさを感じます。

 久々に意味もなくボーッとテレビを見ながらうとうとと居眠りしていたら,また「ああ動くのがめんどくせーなあ」っていう感じになってしまいました。そんな脳をもサークルが近づいてきたらムクムク動き出しました。「サークルには資料を持って行かなきゃ。」っていう義務感。(楽しい義務感)っていうのが,クールダウンしたノーミソを刺激したようです。やっぱり月1回のサークルは,貴重です。
 興奮とクルーダウンを上手に使うことが,より楽しい生き方につながるのかもしれません。
 そうそう,『ツレがうつになりまして。』(細川 貂々著,幻冬舎)という本には「鬱になる前には,眠れない程の興奮状態が続いた」なんて書いてあったそうです。来年の全国大会後に,鬱にならないためにも,しっかりクールダウンする習慣が大切かも・・・。(2008.9.20)

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2008年10月25日 (土)

なんとなく実行委員長 NO6(下)

山と仮説実験授業(下)  松川靖

Photo_11 ◆耐えざるを得ない下り。でも、その後に爽快感

 登山は、上りよりも下りがつらいです。上りのときには、花や木、岩や土、空の色や雲などに感動できます。目指す場所もはっきりしています。でも、下りは、テンションが下がっています。同じ花を見ても、岩を見ても、それほど気持ちいい感覚を味わうことができません。足もだんだん痛くなってきます。まさに、忍耐という下山も何度かしました。特に、1合目あたりになると、もうふらふらになることもあります。でも、結構歩けるものです。だって、帰らなきゃならないですから。辛くなったら「帰ること」のみを考えてひたすら耐えます。
 あとは耐えるだけ、という下山のような気持ちで学校に通ってことも何度かあります。そんなときには、あと3ヶ月、2ヶ月、1週間。と秒読みをして耐えます。すると、終わる日がくるものです。そんなギリギリのときでも、仮説実験授業があると私にも、子どもたちにもいいです。秒読み体制のときでも、いや、むしろ秒読み体制のときこそ私は仮説実験授業をやります。修了式間近、卒業式間近のあの最後の下り。楽しさの共有は、ホッとした雰囲気にさせてくれるのです。
 でも、そんな苦しい1年を過ごした子ほど、別れた後には、とっても素直だったりします。一番反抗的だった子が「先生!こんどどんな授業するの?」なんて笑顔で話しかけてきてくれたりします。
 山もそうだなあ、へとへとになって、痛い足で家についたとたんに「次、どこに行こうか」なんて考えている自分がいるのです。

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2008年10月19日 (日)

なんとなく実行委員長 プレミアム

松川さんに岩手山山頂からの写真を送ってもらいました。山が好きな方,大会の前後に岩手山に登ってみませんか? (ねこの)

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2008年10月14日 (火)

盛岡仮説の会10月例会

お元気ですか。
平賀です。

 中学校は文化祭(おおかたは終了かな?),小学校は学習発表会のシーズンです。(高校は何だろう? 新人戦?)
 仮説実験授業にかかわっている人は,行事でもなかなかおもしろい取り組みを見せてくれます。そんなレポート(資料)は,とても楽しそうに書かれてあるし,真似をしたら同じような成果や感激を味わえるように思ってしまいます。仮説に染まった人の行事への取組みは,やっぱりひと味違います。

●10月の例会情報  気をつけてください。今月は場所が西部公民館です。
日時  10月18日(第3土曜) 午後3時~
場所  西部公民館 第2研修室
参加費 500円

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2008年10月11日 (土)

なんとなく実行委員長 NO6(中)

山と仮説実験授業(中)   松川靖

◆途中に楽しさがある

 私にとって、山登りと仮説実験授業の共通点は、まだあります。それは、途中も楽しいということです。
 もしも、行きたくもないのに山に登らされるとしたら、それは、苦痛以外の何も残さないと思います。
 仮説実験授業だって、無理矢理やらされるのでれば、苦痛かもしれませんね。まわりから見ると「どうしてあんな大変なことをやるの」って思われることでも、やっていることに楽しさを感じることができれば、様々なことを乗り越えてしまえるものです。
 
 私が初めて岩手山に登ったのは、とても条件の悪いときでした。下の方は、くもりだったのですが、5合目についたときには、もう辺りが真っ白で、雨が降り、風も出てきました。
 途中で帰ろうかなとも思ったのですが、結局9合目まで登ることができました。
 2度目のチャレンジでは、山頂までいったのですがなんと、またもやあたりは雲で真っ白という状態でした。でも、私は、とっても満足でした。それは、途中が楽しめたからです。まわりが真っ白で何も見えなくなったとき、足下を見ると、色のちがった石や土が、きれいな絵のように見えたのです。その地面の模様が歩くたびに変化するのです。
 山頂に近くなり、見える景色がまるでマーズパスファインダーが送ってきた火星の写真のようになったときには、かなり感動しました。
 そして、辺りが真っ白でも途中を楽しめ、人っ子一人いない岩手山の上に自分が立っていられたことにも感動できました。
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写真は岩手山焼け石走り(溶岩流跡)。本文とは直接関係ありません。 

仮説実験授業も同じようなことがあります。
 授業をしていても、何かうまくいかないようなことがあります。子どもたちもガヤガヤしていたり、楽しんでいるんだろうかっていうことが。私は、結構いわゆる荒れた学級を受け持つことがあるのですが、そんな時は、先の見通しも見えず、目の前が真っ白になってしまうことがあります。正に雲の中の登山と言ったところです。
 そんな時にも、仮説実験授業をやっていると、荒れてる子がいい意見を言ってくれたり、そっぽを向いていた女の子がふっといい笑顔を見せてくれたりすることがあります。
 3年前も荒れまくっていた男の子が「教科好き嫌い調査」をしたら、理科のところに自分で「死ぬほど好き」と書いてくれたことがありました。先の見えない毎日の中で本当にうれしいことでした。

 山を登っていて、ものすごく疲れていても、岩の間にさく小さな花を見ることで疲れがすーっと飛んでいくことがあります。 先の見えない学級のときには、仮説の感想文や授業中の子どもたちの笑顔が、花のように気持ちを楽にさせてくれることがあります。
 もう出口がみつからなくて、あと3ヶ月、あと1ヶ月と子どもたちとの別れを秒読みしたくなるときもありますが、できれば1日に1回くらいは、ほっと笑顔になれる時間があるといいですよね。そんなとき、私は、授業書をやり楽しいネタをやります。そうすれば、苦しい中で、岩陰にさくかわいい花のような笑顔に出会うこともあります。

 頂上のない山はないし、終わりのない学級もありません。苦しいときは登ったあとの爽快感、別れたあとの爽快感をイメージして、なんとか乗り切ります。楽な学級のときにも、できるだけ仮説をやって爽快感をノーミソにインプットしておくことは大事かも知れません。

つづく

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2008年10月 4日 (土)

なんとなく実行委員長 NO6(上)

   山と仮説実験授業 (上)      松川 靖

◆成功感、達成感がリピーターの源

 私は、最近よく山に登ります。「なぜ山へ登るのか」と聞かれたら、答えははっきりしています。それは「達成感、成功感が味わえる」ということです。
 40代半ば頃の私は、疲れやすくて、めんどくさがりな人間でした。何をやるにも「めんどうだなあ」という思いがつきまといました。当然、山を登るなんていう選択肢はありませんでした。
  でも、今では、月に一回は、1000m以上の山に登るし、登らないと体がムズムズしてきます。岩手山をもっと楽に登るために、なんとジョギングまで始めてしまいました。

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 なまけ者の私を山に駆り立てたもの、それは、成功感、達成感の他にありません。
 私が最初に達成感を味わったのは、雫石町にある千沼ヶ原という所にいったことです。ここは、小さな高層湿原なのですが、秋になると、一面の草が黄色に紅葉することで有名です。千沼ヶ原に行って帰って来るには、往復5時間くらい山道を歩かなくてはいけません。
 去年まで一緒にいた校長さんんが、山好きな人で、その校長さんに影響され、覚悟を決めてチャレンジしてみました。行く前は「5時間も歩けるんだろうか」ととても不安な登山でしたが、無事目的地までつき、帰ってくることができました。
 青空と草紅葉、途中のすばらしい景色に感動したのももちろんですが、なんと言っても「自分が5時間も歩くことができた」という達成感が、自信になりました。
 先生という職業は、日々の生活の中で、ハッキリとした達成感を味わうことができないことが多いですよね。そして、もやもやしたりくよくよしたりすることもていることもあります。でも、山は、とってもシンプルに達成感を味わわせてくれます。そんなすっきり感を味わいたいために、また山に足が向くのだと思います。

 仮説実験授業をなぜつづけるのか、それも達成感、成功感です。普通の授業では、1年に何度か「お、これはうまく授業できたな」ということがあります。また、研究授業などで、苦しんだ後「やっと終わった」という達成感を味わうことはあります。でも、仮説実験授業の場合は、授業書を全部おわった後の達成感は、最高です。授業中には、無駄話をしていたり、そっぽをむかれたりしていて心に引っかかっていた子から「先生!楽しかった、先生の授業最高!」なんていう感想文をもらえることもたくさんあります。自分が準備してこの授業書を全部やって、子どもたちにこんなに喜んでもらった!と思うと、毎回爽快感を味わうことができるのです。仮説実験授業はやればやっただけ子どもたちに「楽しい」と言われ、成功した!という満足感と「オレもすてたもんじゃない」という自信をもらうことができいつのまにか「さー、今度はどんな授業書をやろうかな」としっかりリピーターになっているのです。
 人間の脳は、快感を味わうと、もっと、もっとと要求してくるようです。今では、その脳の要求に従って、山に登ったり仮説実験授業をしたりすることがエネルギーになるし、そんな自分が好きになっていくことを感じます。

つづく

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